ペプチドとは何か、そしてその規制状況
まず議論のために、「コスメシューティカルズ(cosmeceuticals)」という用語をめぐる論争を一旦脇に置くことにしましょう。化粧品に使用されるタンパク質とペプチドは、度々そのような包括的な用語に該当してしまいます。
「コスメシューティカルズ(cosmeceuticals)」という言葉は、25年以上前にアルバート・クリングマン教授によって作られたもので、それ以来、化粧品の用語として急速に広まりました(Googleで150万件以上ヒットしています)。コスメシューティカルズとは、Cosmetic(化粧品)とPharmaceutical(医薬品)を組み合わせた造語で、肌の老化などに対して医薬品のような効果が期待できる成分のことを指しています。そのため、化粧品成分と医薬品成分の境界線が曖昧になり、生理的な作用を意図するようになりました。
コスメシューティカルズ成分の一例として、ナイアシンアミド(niacinamide)があります。この成分は化学的に定義された物質で、皮膚のバリア機能向上、皮膚の保湿、紫外線障害の防止、ニキビや炎症を緩和する抗炎症作用などの機能を持ち、化粧品に広く使用されています。
タンパク質と肌機能

このように刺激的な機能と訴求点を持つコスメシューティカルズが、市場での優位を享受しているのは不思議ではありません。Mordor Intelligence社の調査によると、北アメリカにおけるコスメシューティカル市場は、年平均8.24%の成長が見込まれ、2024年には180億ドルの売上高に達すると予想されています。
前述のように、コスメシューティカルズは、生理的作用を与える成分です。これは、タンパク質やペプチドの定義でもあります。具体的には、タンパク質やペプチドは、分子の扉を開けて、分子の変化をもたらし、最終的には観察可能な生理学的変化として実現させる鍵であると考えることができます。もっと簡潔に言えば、タンパク質やペプチドは、あなたをあなたたらしめているすべてのものを決定しているのです。
私たちは、生命コードとしての遺伝子の存在を知っています。そして、遺伝子がその特性を発揮するための機能的単位となるのが、タンパク質やペプチドなのです。例えば、ある遺伝子からコード化されたタンパク質が、目や皮膚のメラニン色素の沈着量を決定することで、外見に影響を与えます。メラニン色素が多いほど、目や肌の色が濃くなります。また、タンパク質によって決定されるもう一つの特徴として、体力があります。筋肉の収縮を可能にする筋原線維は、アクチン、ミオシン、タイチンなどのタンパク質で構成された「フィラメント」で束ねられています。また、免疫におけるタンパク質の役割も欠かせません。抗体やサイトカイン、ケモカインなどは、もともとペプチドやタンパク質であるためです。脳の機能についても同様で、神経伝達物質の多くはペプチドです。
最後に、化粧品にとって最も興味深いことですが、ペプチドとタンパク質は、皮膚の構造と整合性に不可欠な役割を果たしています。細胞外マトリックスのタンパク質であるエラスチンは、皮膚に弾力性を与え、伸縮による形状維持が可能となります。フィラグリンは、皮膚の一番外側の層である角質層において、表皮のホメオスタシスと皮膚のバリアー機能の調節に不可欠です。例えば、ケラチンが表皮に沈着すると、皮膚の防水性と強度を高めます。コラーゲンは、エラスチンやケラチンと同様に、肌の強さや弾力性を保つ役割を担っています。コラーゲンは皮膚の主成分であり、その劣化は加齢に伴うシワの原因となるため、アンチエイジング治療の最も重要なターゲット成分となります。また、これらの皮膚構造タンパク質はすべて、表皮成長因子(EGF)や線維芽細胞成長因子(FGF)などの成長因子の支配下にあり、正常な生理状態では、その発現がコントロールされています。
INCIの解読 – 命名方法
タンパク質やペプチドは肌の健康に不可欠で、複雑な役割を果たしていることは明らかであり、加齢によるダメージを回復させることを目的とした化粧品ブランドにとっては、非常に魅力的なターゲット成分となっています。しかし、これらタンパク質をより良く理解し、安全性を評価するためには、まず、これらタンパク質が何であり、どのように命名され、また成分の規制状況がどうなっているかを、詳細に見ていく必要があります。
簡単に言えば、タンパク質やペプチドは、22個のアミノ酸ビーズからなるビーズ列と考えることができます。これらアミノ酸の配列に応じて、タンパク質やペプチドは非常に特異的な3次元構造に折り畳まれます。そして、この立体構造が、タンパク質に鍵としての機能を与えます。特定の形をした鍵(ペプチド)は、特定の錠前(細胞の受容体)と相互作用して解錠され、分子間のメカニズムが連鎖して、最終的に何らかの生物学的機能(例えば、コラーゲン合成量の増加)として現れます。
タンパク質やペプチドの命名法は、一見わかりにくいですが、実は単純かつ論理的でです。例えば、タンパク質は50個以上のアミノ酸が並んだもの、ペプチドは25個以上のアミノ酸が並んだものを指します。このように、タンパク質とペプチドの違いは大きさだけであり、ペプチドはタンパク質を小さくしたものと考えることができます。
さらに、化粧品に使われるペプチドやタンパク質のINCIを表す際には、ギリシャ語の修飾語が接頭語として使われます。例えば、ジ(di-)、トリ(tri-)、テトラ(tetra-)、ペンタ(penta-)は、アミノ酸数がそれぞれ2、3、4、5のペプチドを表しています。さらに、ペプチドのINCI を解読するために、INCI上にユニークなアミノ酸の配列を示す番号が付けられます。例えば、「ジペプチド-9(dipeptide-9)」はグルタミン酸とリジン、「ジペプチド-10(dipeptide-10)」はアラニンとヒスチジンの配列、という具合です。
さらに混乱を招くのが、ペプチドの化学修飾を示す接頭語がINCIに追加されることです。これらの化学修飾は通常、ペプチドの浸透性や安定性を向上させるために行われます。
最後に、ペプチドは、SH-(synthetic human)またはRH-(recombinant human)と指定されることがありますが、後者は化粧品規制EC 1223/2009で化粧品への使用が禁止されています。これは、細胞培養に使用される試薬の多くが子牛胎児血清などの牛の副産物に由来することから、哺乳類の細胞培養から生じるヒト海綿状脳症や特定のウイルス疾患の可能性が懸念されるためです。そのため、ヒト細胞から直接分離した遺伝子ではなく、合成されたヒト遺伝子のコピーを出発遺伝子とするSH-ペプチドおよびタンパク質のみが欧州市場で認められています。INCIの例を以下に示します。
表1:化粧品に使用されるペプチドINCIの例

Macromolecule | Sequence |
Dipeptide-9 | Glu-Lys |
Dipeptide-10 | Ala-His |
Tripeptide-9 | Asp-Lys-Val |
Tripeptide-10 | Asp-Leu-Lys |
Palmitoyl Tripeptide-5 | Palmitoyl-Lys-Val-Lys |
Acetyl Tripeptide-8 | Acetyl-Lys-Val-Lys |
SH-polypeptide-51 | Superoxide Dismutase produced by fermentation in E.coli. The starting gene is a synthesized copy of the human gene |
RH-polypeptide-51 | Superoxide Dismutase produced by fermentation in E.coli. The starting gene is directly isolated from a human cell |
アンチエイジング・ペプチド
皮膚の健康維持に関わる主要タンパク質の発現を変化させることで、皮膚の分子構造を変えることは、とても望ましい結果と言えるでしょう。そのためには、皮膚のタンパク質の発現を制御する複雑な経路に変化を与えることができる、外因性(体内に取り込まれること)のペプチドが必要です。
簡単に言えば、4つの異なるメカニズムによって行われます:①プロセスに必要な微量元素の供給を改善し、②生産を促進し、③筋肉の収縮を減少させ、④老化に関連する酵素プロセスを抑制します。これらの異なるレベルで働きかけ、アンチエイジング機能を謳う市販原料は数多くあります。以下にそれらを紹介します。
表2:アンチエイジングの分子作用モードを持つペプチドの例
Types of peptides used in cosmetics | Mechanism of anti-ageing | Example |
Carrier peptides | Improve dermal delivery of trace elements necessary for anzymatic processes (wound healing) | Copper peptide-GHK |
Signal peptides | Stimulate fibroblast production of collagen, proliferation of elastin, fibronectin, laminin, etc. | Syn®-coll (Palmitoyl Tripeptide-5) Decorinyl™ (a tetrapeptide) |
Neurotransmitter-inhibiting peptides | To decrease facial muscle contraction, and consequently lines (muscle relaxing) | Argireline®,Vialox® and Syn®-ake |
Enzyme-inhibiting peptides | Inhibit an enzyme related to ageing process | Glycine soya protein (Preregen®) and Sericin |
規制状況
ペプチドが化粧品に興味深い機能を提供することは明らかであり、既に市場にある様々な原料がそのような効果を約束しています。表皮の厚さの増加、コラーゲン生産量の増加、しわの減少、などが有効性を示す研究によって裏付けられています。上記では、遺伝子の起源に関する規制要件の一部に触れました。しかし、これで終わりではありません。実際、法規のほとんどは、これらペプチドの機能(生理活性があること)と、その効果を人々にどのように伝え、認識してもらうかに関わっています。
冒頭で述べたように、「コスメシューティカル」という言葉は議論の的となっています。なぜなら、成分は、化粧品として認識されるか、医薬品として認識されるかのどちらかしかないからです。つまり、化粧品成分は「清潔にする、美化する、魅力を高める、または外見を変える」ことを目的としており[FD&C法 201 (i)]、一方、医薬品はFDAによると「人間の身体の構造または機能に影響を与える」ことを目的としています[FD&C法 201 (g)(1)]。同様にEUでも、化粧品とは、清潔にする、香りをつける、外観を変える、体臭を修正する、保護する、良好な状態を保つ、などの機能を持つものと定義されています。一方、医薬品とは、ヒトの疾病を治療または予防するための特性を有する物質、または生理学的機能を回復、修正、または変更する機能を有する物質と定義されています。
したがって、化粧品と医薬品の違いは、その使用目的であることは明らかです。では、使用目的はどのように確立されるのでしょうか?これは、製品の宣伝文句、消費者の認識、そして成分が既知の治療用途を有しているか、によって行われます。また、化粧品ブランドがなぜ医薬品や医薬品表示を避けたいかというと、化粧品と医薬品の試験、登録、承認の方法には大きな違いがあるからです。明らかな違いとしては、医薬品では、前臨床試験や臨床試験で安全性や有効性を確認してから上市する必要があります。代わりに、化粧品用途とすることで、費用と開発期間を大幅に節約することができます。
クレーム(表示・効能・訴求)
意図された用途は、製品ラベル、広告、一般的なメディア上での説明などの形で、表示・主張されることによって確立されます。クレームによっては、化粧品であるにもかかわらず、製品が医薬品であることを証明することもできます。疾病の治療・予防、あるいは人体の生理的構造・機能を変化させるような主張は、医薬品を意味します。鎮静や維持の主張は、化粧品としての用途と考えられます。以下に例示するように、明確で断定的なものは医薬品の主張と考えられ、外観に関するものは化粧品の主張と考えられます。なお、FDAウェブサイトでは、医薬品を謳った化粧品に対してFDAが発行したすべての警告書が公開されているので、さらに詳しい実例を見ることができます。
表3:化粧品と医薬品のクレーム対比
Cosmetic claim | Drug claim |
“Improves fine lines and wrinkles” | “Removes fine lines and wrinkles” |
“Soothes mottled or rough skin” | “Repairs damaged skin” |
“Suitable for acne prone skin” | “Treats acne” |
“Alleviates the appearance of age spots” | “Prevents age spots” |
“Maintains skin firmness” | “Increases epidermal thickness” |
消費者の認識
この考えには、消費者がなぜその製品を購入するのか、その製品に何を期待しているのか、という発想が含まれまれています。これは、製品を販売している企業の評判によっても左右されます。例えば、ある製品がニキビを治療・予防すると消費者に認識されるのは、謳い文句や宣伝方法、企業評価などに基づいています。このように、使用目的だけでなく、消費者の認識においても、謳い文句が大きな役割を果たしていることがわかります。
使用される成分
ある特定の成分は、治療目的でよく知られているため、化粧品であるにもかかわらず、医薬品として明記されることがあります。例えば、フッ化物は虫歯予防として良く認知されています。そのため、米国ではフッ素入りの歯磨き粉はクレームに関係なく医薬品とみなされる可能性があります。しかしEUでは、フッ素入りの歯磨き粉は一定の条件(0.15%の制限とフッ素の存在を示すラベル)のもとで化粧品として認められています。
化粧品と医薬品は、主に効能効果に基づいて区別されています。しかし、化粧品ワーキンググループの「境界領域製品マニュアル」によると、薬理作用を発揮して生理機能を回復・修正・変更する物質は、「表示によるもの」(上記のような表示)と「機能によるもの」に分類されています。後者は、「吸収性、濃度、投与経路、適用頻度、適用部位、浸透の程度など、製品のあらゆる特性を考慮して評価する」としています。これらはすべて毒物学の要素であり重要です。なぜならば、化粧品と医薬品は、表示上の使用目的からだけではなく、毒物学的にも区別されるからです。例えば、化粧品に使用されているペプチドは、すでに有望な抗老化作用を持つことが示されており、生理学的な機能を持ちます。ペプチドが発揮する機能や潜在的な副作用は、表示や宣伝文句ではなく、科学的・生物学的に決定されるものです。
結論
結論として、ペプチドとタンパク質は、アンチエイジング作用を持つ興味深い化粧品成分です。ペプチドをベースにした化粧品原料は、すでに市場に数多く存在しており、さらに多くの研究が行われています。これまでのところ、これらの成分の規制は、主に遺伝子由来やクレーム(効能表示)に関係しています。しかし、顕著な生理活性には副作用が伴うことが多く、そのバランスを検討する必要があります。次回の記事では、動物実験が禁止された現代において、これらの次世代素材の安全性をどのように評価しているのかをご紹介します。これらの成分の評価は、化粧品の安全性を確保するためだけではなく、先に述べたように、興味深い最先端の成分について、化粧品と医薬品の区別を知るためにも不可欠であると考えられます。

Dr. Boris Krivoshiev,
Principal Toxicologist